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すべてが自分にちょうどいい

メンタルが弱いので家にいてテレビばっかり。こんなんでいいのかと思いながら今日もダラダラ。お金も大事、仕事も大事、だけど、自分が楽しいことが一番。あと掃除とか関ジャニとか京都とか。

父の三回忌にものおもふ・・・

先日は、実父の三回忌でした。

 

 

もうあれから二年たったのだな、早いような遠い昔のような。

 

父は晩年認知症になり、ずいぶん母を悩ませた。

初期の頃は物忘れで、あらゆるものをどこかに片付けてしまう(隠す、ともいう)

探しても探しても出てこず、とんでもないところから出てくることがしょっちゅうでした。

 

徘徊もあった。

自転車で病院に行って、帰ってこない。

みなで捜した。

警察にも連絡して捜してもらった。

どうなるかと心配していたら、夜遅くにひょっこり帰ってきた。

とても疲れた顔をしていた。

隣の区までウロウロとしていたようだ。

帰り道が分からず、さまよっていたのだろう。

 

父は元々とても慎重で用心深い性格だ。

その日を境に、一人では外出出来なくなった。

 

夫婦喧嘩もよくするようになった。

昔からとても仲の良い両親だっただけに、それを見るのも辛かった。

 

 

記憶が戻るとき、と、忘れるとき、のはざまで、揺れているときが一番大変だった気がする。

 

 

最終的に寝たきりになったのだが、最後まで家で看てもらって、最愛の母に看取られて、幸せだったのではないか、と思う。

 

元来、喋り好きで明るい父。

誰が来てもよく喋って、楽しかった。

 

話す内容は、ほとんど空想の世界だったけど。

 

 

でも、時折普通に戻る瞬間があった。

 

急に普通の会話が出来て、こっちがびっくりしたり。

このまま普通に戻らないかなあ、と思ったり。

 

昔から娘の私に「ありがとう」なんて決して言わない父だったけど、認知症になってから、一緒に病院に付き添った時、採尿した尿をどうしていいか分からなかった父に変わって、尿を処理していた。後ろから、「ありがとう、すまんなあ・・・」と父が、申し訳無さそうに言った。なんだか顔を見れず、私もうつむいたまま「うん、ええよ」と。この時の父の言葉はいまも妙に耳に残っている。

 

 

父を見ていて、年取って老いるということはどういうことなのか、親を看るということはどういうことなのか、を教えてもらった気がする。

 

いつも自分のからだの違和感に怯え、病気が怖い私。でも、父が先に天国で待っている、なあんて、ちょっと子供じみたことをふと思うと、ちょっとだけ力になるのです。

 

 

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