すべてが自分にちょうどいい

メンタルが弱いので家にいてテレビばっかり。こんなんでいいのかと思いながら今日もダラダラ。お金も大事、仕事も大事、だけど、自分が楽しいことが一番。あと掃除とか関ジャニとか京都とか。

娘の卒業式にて、母をおもう

娘の高校の卒業式に行って来ました。

 

高校1年生の時は、なかなか気の合う友達が出来ず、"ぼっち"だった娘。1年間大変だったけど、なんとかやめずに進級した。

 

クラス替えにより友達が出来、友達が友達を呼んで、部活も充実しだして、いきなりリア充JKライフを送った2年生。

 

最後のクラス替えは、仲良しと一緒になりホッとしたけれど、まあ女子特有の、友達の形態が変わっていくということに悩んだこともあったけど、それなりに楽しい3年生。

 

大学も決まりました。

 

18歳になった娘。もう半分大人として扱われる。

 

引っ越しによる環境の変化といろいろで、不安定になった私は、毎日、言いようのない寂しさ、虚しさと闘っている。

 

 

私の母も(いま思えば)非常に自律神経の弱い人で、更年期の頃からの不眠症がきっかけで、うつと強迫性障害になった。それは今も完治していないが、軽度の認知症の症状が出てきた最近、強迫性障害の症状は無くなってきたように思う。あんなに苦しんだ強迫性障害が、認知症の発症により治るという皮肉。

 

あの頃の母と近い年齢に差し掛かってきた私。今なら、あの当時の母の気持ちが少し分かる気がする。

 

 

30過ぎまで家にいた私と姉が次々と結婚して家を出た時期。私は電車で1時間くらいのところに家を構えたけど、姉は関東の方へ嫁いだ。

 

寂しかったんだと思う。

虚しかったんだと思う。

 

こころの中にぽっかり穴があいたようで、それを埋めるものを探す努力も気力も方法も分からなかったであろう母。元々、父や姉に依存して生きていたから。

 

そんな母を軽蔑していた時期もあった。家庭より他に何か見つけたら?とか思ってた。

自分も思いっきり母に依存していたというのに。

 

自分のことは分からないもんである。

 

結婚して人の親にもなったけれど、相変わらず自分のことばっかりの私は、これからは母のことも大事にしようと思っている。

 

母と会うと、

姉や兄の自慢を聞かされたり、言葉や態度の端々から兄弟でわたしだけ育て方を間違ったと思っているのが伝わってくる。わたしの言うことには決して耳を傾けないし、信用してくれていない。

いまだに傷つくことも多い。

 

それでも、

自分は「自分を生きる」しか無いのだ。

 

卒業式で、ひとまず親を卒業。

でも、娘としての自分に"卒業"は無さそうだ。

 

tanosiine.hatenadiary.com

 

 

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