すべてが自分にちょうどいい

メンタルが弱いので家にいてテレビばっかり。こんなんでいいのかと思いながら今日もダラダラ。お金も大事、仕事も大事、だけど、自分が楽しいことが一番。あと掃除とか関ジャニとか京都とか。

地震と母のこと

朝の家事がひと通り終わり、ホッとひと息つき、テレビでも観ようかな、と座った時。

たまたま、この週末は旦那が単身先から帰ってきていて、この日は本社会議に出席するためまだ家にいた。9時頃家を出る予定であった。

 

突然だった・・

 

 

ド〜〜〜〜〜〜ン‼️

 

 

下から突き上げるようなたて揺れがきて、

そこから、グラグラグラ、と大揺れ。

直下型地震の典型的なパターン。

阪神淡路大震災の時と同じだ。

 

 

揺れている間に、スマホ地震速報の音が鳴り、旦那が「遅いわ」と呟く。

 

旦那と二人してしがみつきあい、座ってられない程の揺れに耐えながらも、

心の中では意外にも、テーブルの下に移動した方がいいのかな、とかぼんやり思ったり。

 

早く終わってくれ、とひたすら祈ってた。

 

この時間、およそ20〜30秒。

 

 

 

 

揺れがおさまり、

旦那と、「何やったん?いまの地震?」とパニックになっていた。

テレビでは、地震速報が早くも流れ、バタバタし始めていた。

 

手の震えが止まらなかった。あんな怖いこと初めてだった。マンションは大丈夫だろうか、と不安だった。外の様子も心配だった。

 

玄関先で声がしたので、出てみると、隣の奥さんとそのまた隣の奥さんが喋っていた。

うちは、5ヶ月ほど前に引っ越してきたばっかりで近所付き合いは無い。しかし、この時ばかりは人見知りとか言ってられない。

 

「怖かったですね〜!」

こういう時、人は心を開くのだろうか。

いつも疎外感を感じてどこに行っても余所者意識を感じる私ではあるが、"怖い思いをした"という共通項があるせいか、話が弾んだ!

 

二人とも食器棚もタンスも倒れて、家の中がぐちゃぐちゃだと話していた。うちは奇跡的に食器棚もテレビ台も倒れなかった。(引っ越しの時タンスが家に入らず泣く泣く捨てたことを感謝した)

被害は、食器棚からコップが一つ落ちて割れたこと。棚からコンポが落ちて割れたこと。洗面所の鏡が落ちて割れたこと。

 

そして、娘の部屋は、机の上の本やプリントや物がすべて床に落ちていた。娘の部屋が一番被害が大きかった。

 

娘は、大学に行く途中、バス停でバスを待っている時に揺れが来たらしい。地面が激しく揺れて立っていることが出来なかったと。

帰ろうとしたが、電車は止まっていたし、ひとりは不安だったからと、来たバスに乗り大学に行ったのであった。←これが正しい行為だったことはニュースをみていた人なら分かる。

電車はその日には復旧せず、タクシーも長蛇の列。大学に行ったら、下宿の人たちが来ていて、そのうちの一人に泊めてもらうことが出来た。

大学に行かなければ、駅でひとり途方に暮れていたであろう。どうなっていたかな。

 

余震の心配もあったし、

何より思っていたよりも被害が大きくて、亡くなった方たちもいて、改めて恐怖が沸き起こってきたり。

 

少しずつ良くなっていた体調だったのに、

これでまたずど〜〜んと落ちた。

 

その日の夜はほとんど眠れなかった。

 

旦那は、次の日、ようやく動いた新幹線で単身先に帰って行った。

 

ひとりマンションに残されて、怖くて怖くて。

 

またあんな揺れが来るんじゃないか、そればっかり考えて、不安で。

 

娘とも相談して、

とりあえず私の実家に避難しに行こう、となった。

実家は少し南部の方にあるので、多少揺れはマシだったようだ。

 

実家に帰ったわたしを待っていたのは、

認知症がかなり進んだ母親だった。