すべてが自分にちょうどいい

メンタルが弱いので家にいてテレビばっかり。こんなんでいいのかと思いながら今日もダラダラ。お金も大事、仕事も大事、だけど、自分が楽しいことが一番。あと掃除とか関ジャニとか京都とか。

認知症の検査

レントゲンではボーダーラインだった母。一度きちんと認知症のテストをしましょう、となり、行ってきました。

 

わたしも、初めての検査だったので(当たり前か)興味津々。父の時はそういう検査はしなかったし、させてくれなかったから。

 

近所の人情報によると、認知症のテストにも、いろんなやり方というか方式があるようで。

母のは、

まず、今日の日付、生年月日、住所や、生まれ故郷など本人の基本情報を聞かれる。

そこから、だんだん難しくなって、いかにも認知を試されてるんだな、という内容でこっちまで緊張してくる。

 

先生曰く、

正しいことを答えるテストじゃないから安心して下さい、と。物忘れや認知のいまの状態が病気か病気じゃないかを判断するテストなので、間違ってたり言えなくても全然大丈夫ですからね、と、まず、母の緊張をほぐしてくださった。

 

やはり緊張していたら、分かることも答えられないからね。

 

テストが進むにつれて、

意外にも正解率の高い母。計算もあったんだけど、合ってたり。あれは私でも間違えるかも、なんて。

 

あっという間にテストは終わった。

 

 

先生は、

認知症の入り口には入りかけてます、とおっしゃった。

これ以上進まないように、お薬をちゃんと飲んで様子みていきましょう、と、なりました。

 

父の頃よりは、いい薬が出たのかも。父の時(3年前くらい)は、薬を飲んでいたけれど、進行は止められなかったから。

 

ひと月後にもう一度テストをして、どれだけ効果があるかみてみます、だって。そんなに即効性あるのだろうか。

 

しかし、

薬に抵抗がありすぎる母。早くも、また薬飲むのか、と嫌がっていたから。

この薬だけはちゃんと飲んで欲しい。

なぜなら、この先母の面倒を看るのは私なんだよ。

 

しかし、最近ちょっと思うのだ。

母は、精神疾患もあるし、認知症も出てきたけど、からだは丈夫なのだ。足腰も丈夫だし健康診断もいつも二重丸。身内が病気でウンウン苦しむ姿をみるのも、辛いことだなあ、と。

 

まあ元気な認知症がいちばん大変じゃないか、とも思うけど。

 

わたしも、元気にならなくちゃ。自分が元気じゃないと人の世話も出来ない。